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たいらげたら眠る

今ウトウトしてたでしょ?

7


「しあわせ」と感じる、その瞬間のために人は毎日を生きてる。


元気が出るLIVE。何度でも足を運びたかったし、帰りたくなかったし、終わってほしくなかった。初っ端から最後までずーーーっと最高のLIVEだった。DVD出たら何万回、何億回と再生してそれこそテープが擦り切れるくらい見てやるんだ!と思ってた。私の言葉でつらつら喋りますからだめだとおもったらそっと閉じてください。




まず、どうしても書き留めておきたい乾いた花のこと。回を重ねるごとに厚くなっていく二人の音色と、気持ちのゆとりから生き生きとした表情に変わっていく様を見られたのが嬉しかったし、誇らしかった。
ちゃんとセッションしなきゃ… って頑張ってたようにみえた指先がだんだん優しく鍵盤をたたくようになっていくの、本当に、本当に涙がでるほどしあわせだった。未だにCD音源は数える程しか再生できてないけれど、これからも大切に聞きたい。

最後の日の「ありがとう、ヒナ」という言葉に握手、そして村上くんのなんともいえない暗闇へとけた表情までレポで読んでいた風景をDVDで知れて良かった。でもオーラスの乾いた花の村上くんの音と声をわたしは記憶の中のそれと照らし合わせてしまう。楽器は演奏者の気持ちを汲み取ったり、乗せて届けてくれるものだと思っていて、だから多分これは勝手な感覚なのだろうけど。


いろんな気持ちが村上くんだけじゃなく他の六人にも、みんなにもあったあの日のことを一概に「こうでした」とはまとめたくないし、まとめられたくもない。そこに居なかったものとして勿論わたしもまたいろんな感情を持っていたし、だからこうして映像で知ることが怖かった。DVDに残った想いは一つの大きな形であるのだとおもうけど、きっとここに無い想いもたくさんあって、残っていないから違うのではなくてぜんぶ個々で大事にしていい気持ちだと思っている。
いわゆる「絆」というものを、確かにこのDVDから感じたけれど私が何度も見たかったのはこれじゃなかった、という我儘と大好きだったあの元気が出るLIVEは本当にあの日こうして幕を閉じたんだとようやくストンとこころに落ちる感覚。



「本当ならこうなるはずだったのに」ということは基本的に無いと思っていて、現実に起こったことが本当だし本当だと思いたかったことは理想でしかない。そんなこと分かっていても考えてしまうのは、その理想が限りなく現実に近かったからだろうと思う。今までのコンサートやいろんなイベントをずっと初日からオーラスまで欠けずに居続けてくれた七人だから、今回もきっとそうに違いないという少しの驕りがあったのかもしれない。

買う人それぞれあるだろうけど少なくとも「このDVDで初めて元気が出るLIVEを見る」というひとがいたとして、もっと、もっと別の、格好良くて可愛くて楽しくて泣けるライブだったんです、ってすっごくエゴだけど1/16までの元気が出るLIVEをみてほしかったって思うことを止められない。くやしい。世に出た“元気が出るLIVE”がこういう形であることが。あのライブが全編ちゃんと残らなかったことが本当に… どこにも向けられないしどこにも向けるべきでない感情。でも何にも事情わからないからいうけど2、3日撮ったりできないのかな。変化していくのがライブの良いところでありつらいところでもあるから。でもパッケージだけは、みるたびに悲しい。確かにこのDVDの本編は6+45000なのかもしれない。けどなんでパッケージまでカバー外したら大倉くんがいないことを実感しなきゃいけない。発表された日からそりゃないぜって思ってたけど手にするともっと悲しかった、この作りだけは本当にこれからもずっとやだなあって思い続けるとおもう。もうちょっとなんとかならなかったのかな、メンバーも誰かやだって思わなかったのかな。わたしはやだったな。




その場にいた人いなかった人、大倉くん担の人と他担の人。老若男女ひとりひとり感じ方は違うだろうし、大倉くんが綴ってくれた言葉のほかに変な考え持ちたくないけど私自身の区切りとして記しておきたかった。
六人がそれぞれ「ラスト」と「おおくら」という二つの言葉を交互に発しながら、楽しもう!って声を張り上げる姿が感動するかと問われたら、わからない。
ただやっぱり大倉くんの笑顔がうちわではなくそこに無いと寂しいとおもうし、大倉くんのドラムや声が聴こえないと物足りない。誰も誰かの穴を埋めることなんてできなくて、穴は空いたら空いたままなんだな。大好きなひとたちが大切なひとの名前を呼ぶのは胸がちょっと軋む。



特典の方は、あの、おこがましいこというならファンが映ると自分をみているようでちょっとつらい… で、す。じっぷとかのインタビューもヴッ… といつも思ってる。確かにふふふと微笑んでしまうような素敵なやり取りもあるんだけどね。エイトとエイターについてはこれまでファンになってから幾度となく考えてきたこと。初めはエイターと呼ばれることが恥ずかしくて(わるい意味ではなくて)なんというか照れ臭くて、でもだんだんそれが誇らしく思えるようになり、関ジャニ∞カンパニーの一員にしてもらえたような心地さえする今であるけれど、近さが嬉しいことも苦いこともあるし難しい距離感で向かい合っているなと思う。実は最近Dear Eighterを手に入れたので早く読みます。でも、とても愛されてるなって思いました。みんながみんなに。ライブ中に配信してくれてた動画も素晴らしかったけれど、いつも以上にいろんなひとの想いが込められた編集だった。







ここまで書いたけど。大倉くんが出たくても出られなかったのは最後の一公演だけだったのにそれがこのライブの集大成のように、このライブのまとめのように映像化されてしまったのは。元気が出るLIVEは本当にその名の通り、元気が出るLIVEだったんだ。オーラスの日もそれに変わりはなかったんだろうけれど、あの日を、私は “僕らにだけわかればいい” 一日にしてほしかったなという気持ちはずっとある。
DVDを買って、観て、楽しかった。だからそんな風にいえる立場にないけど、どうしようもなく、やるせないよ。





本当に元気になってくれてありがとう。あの日えらんでくれて、ありがとう。そして今度逢える日を心待ちにしています。